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税理士 / 中小企業診断士 / イノベーション・コーディネーターとして働く中で田中慎が考えたこと・感じたこと税理士 / 中小企業診断士 / イノベーション・コーディネーターとして働く中で田中慎が考えたこと・感じたこと

2023.02.13

友だちから見た田中会計

矛盾をどう受け止めるかが、経営哲学になる。| vol.11

「経営者は決算書で語れなきゃだめだよ」

大室 悦賀(おおむろ のぶよし)さんという、説明するのが難しい人がいます。田中慎さんが働く京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)の所長であり、長野県立大学 グローバルマネジメント学部教授、同大学院 ソーシャルイノベーション研究科長でもあり、最近はもっぱら哲学の世界に身を置いているようです。問いを投げ込んでその場にいる人々を混乱させるのが得意です。

8年ほど前、初対面の慎さんに「税理士も中小企業診断士も嫌い」と言い放った大室さん。そんな2人が、これからの地域企業の経営者に必要な視点について語ります。

AかBかじゃなくて、間にある動きを捉える

田中:最近はどんなこと考えてるんですか。

大室:ソーシャルビジネスやCSRをどれだけやっても、社会課題をいくらか減らすことにしかならないことに気づいてしまって。根本的な解決にはならないんですよ。環境破壊とか貧富の差を作り出している今のシステムを根底からくつがえさない限り、サスティナビリティは実現しない。それに対する答えが出なくてずっと探ってたんだけど、ようやく少し見えてきた気がする。

田中:「社会課題を解決しようとしているうちはだめ」ってよく言ってますよね。

大室:今のシステムの根底には、白か黒か、良いか悪いか、男か女か、っていう二元論があって、これをどうやってひっくり返すかをずっと考えていて。そうやって分けるから、どちらかを上にしたくなって差別が生まれるんだよね。でも、白と黒の間のグラデーションをどう捉えるか、理論的に説明するのが難しい。その1つの切り口を、カレン・バラッドというフェミニズム研究者の考え方に見出したのがここ最近。

田中:カレン・バラッドさんですか。へぇ、アメリカの方ですね。女性なんですね。

大室:そう。彼女は、人や物質そのものではなく、その間にある行為を捉えるっていう考え方をしていて。人と人の間、人と物質、人と概念の間で色んなことが起こっているだけで、その動きに意味があるんだっていう考え。同じお金でも、ある人を通過したらきれいになるし、別の人を通過したら汚いお金になることもあるじゃん。同じパソコンでも、誰が使うかでアウトプットは全く違ってくるし。多くの哲学者がカレン・バラッドに影響を受けて、今、色んな議論が発展しています。

会社と個人の関係性を見直したい

大室:動きが大事だって考えてみると、いま世の中で重視されている決算書とかって、全部スクリーンショットみたいなものじゃん。その瞬間を切り取っただけで、そこに何の意味があるんだろう。

田中:スクリーンショットですか。

大室:本当は、決算書からその会社が何を目指して動いているのかが見えてくるようでないと、だめなんだよ。何を価値として提供して、何にお金を投じているか、その数字がそのまま会社のあり方を表しているべき。それが経営者の仕事じゃないですか?

田中:なるほど……会社ってよくわからない存在ですよね。会社っていう概念と働く人との間にも本当は色んな動きがあるはずやけど、今の雇用のシステムではかなり乱暴に括られていて。個人の働き方をどうするかっていう話だけじゃなくて、働く人と会社の関係がもっと見直されるべきだと思います。

大室:個人と会社は別物っていう前提で議論が始まってしまうからね。でも、僕自身もその間に何があるのか、どう動いているのかを、説明できないっていう悩みがずっとあって。今まではそこを言語化できないまま、皆に「わかろうとするな」って言ってた。なんでわかっちゃだめなのかが、ようやく見えてきたんだよ。やっぱり、分けて考えると、分けられないものがどんどんこぼれ落ちていく。

田中:そこに社会課題が生まれてしまうんですね。会社っていう単位で括るから、色んな問題が発生するという実感はあります。もっと会社を社会に開いたら、利益は二の次になると思うんです。ただ、経営者にそういうことを言っても全然伝わらなくて。どうしたら伝わりますか。

矛盾とどう向き合うかが、経営哲学になる

大室:自我をなくさないといけないんですよ。自我が出てくると頭で考えるから、目に見えるものと経験に依存する。そうじゃない状態で、歩いてたらふっと思いついたこととか、理由はわからないけどやりたいなって感じたことを信じた方がいいよ。既存のシステムに適応することがベストだっていう教育をしてきているから、多くの人はそこを信じられないんだけど。

田中何かに囚われてしまう人が多いですよね。経営理念とか、利益とか。

大室:大事なことって、同時に足を引っ張るものでもある。常にその矛盾があるのに、二元論で無理やり分けていくことで矛盾を見えなくしてるのが今の社会。

田中:確かに、そうですね。会計は大事やけど、経営者も働く人も、会計のことばっかり考えてたらだめです。逆に、会計なんてどうでもいいわっていう姿勢でもあかんし。いるか、いらないか、っていう話ではないです。

大室:そうそう、矛盾は絶対に生じるじゃん。本来、それをどう受け止めるかが経営哲学になるはず。たとえば、従業員の生活をより良くすることと、企業利益を最大化することは、ある意味では矛盾する。この矛盾を受け止めた上で、どうするか考える。企業の哲学や理念ってそういうことなんじゃないかな。

田中:矛盾から混乱が生じるから、おさめるための哲学が必要になるんですね。

大室:自分らしく生きようと思うと、一人では色んなことが実現できないから、他者のことを考えるようになるはず。人も会社も、本来の動きはこういう順番だと僕は思う。環境やシステムへの適応が先にあるんじゃなくて、自分のやりたいっていう腹の底からの気持ちがあるから、利他的にもなれる。でも、今は順番が逆になってるよね。

皆が自我に執着しなくなったら、ビジョンなんて掲げる必要もないんじゃない?自分が直面する矛盾を一つひとつ丁寧に見ていったら、自ずと本当にやりたいことが実現していくんだと思う。

田中:「でかいうつわ」という株式会社を新しくつくったのは、まさにそんな感じです。税理士法人として抱えてきた矛盾に違うかたちで向き合うために、新しい場所をつくってみようと。

大室先生も何も決まってないのに快くメンバーになってくれましたけど、どこまでが「でかいうつわ」なのか、僕にもよくわからない(笑)。会社の中と外の境界があいまいな状態で動いてみようと思っています。色々な会社に伴走する中で、会社ってものがクローズドになりすぎているような感覚があって。

地域企業にしかできない、地域に開かれた経営

大室:地域企業は徹底して地域に対して開いてほしいよね。グローバル企業にはそれはできないから。それにはまず、経営者が従業員に対して開く姿勢が必要なんだろうな。星野リゾートがコロナ禍で社内に経営状況を伝えるために、全社員に独自に計算した倒産確率を共有したのは良い事例。

田中経営者だけが外に向いて良いことを言っていても意味がないですよね。従業員が地域に対してどう向き合っているかの方が大事やと思います。

大室:地域企業は、地域の文化や自然に没入すべきじゃないかな。たとえば、お祭りとかもそう。ちゃんと探っていくと、そこからビジネスも立ち上がると思うし。日本の都市は画一化しているけど、アメリカの西海岸と東海岸みたいに地域の多様性があって、時代によってどこが元気かが変わっていく方がいいよね。その地域にとって大切なことが、それぞれ違うんだから。地域貢献は、企業が当たり前にやらなきゃいけないことなんだと思う。そこを今まで切り捨ててきたから、色んな問題が生じてしまっている。

田中:色んな都市で「SOU-MU NIGHT」を開催して、地域ごとにやる意義を感じました。東京や福岡に行くとやっぱり関西とは違う地域性があるから、そこをわかった上でオンラインで全国展開していきたいなと。

大室技術によって作業から解放されると余白が生まれるから、変えてもいいところはDX化したらいいんだよ。でも、何でもかんでもDX化するんじゃなくて、大事にしたい独特な文化は残した方がいい。

田中:僕らは外から入って会計まわりのDX化をサポートする立場なので、その会社の人たちが何を大事にしているのか、何を不安に思っているのか、まずちゃんと理解した上で関わるようにしています。

大室:あるものごとを一般化すると、世の中がポジティブとネガティブに分けられるんだよね。できる・できない、持っている・持っていない、とか。すると、ネガティブな方に次のビジネスを生むことができる。ビジネスは課題を生み続けないと成り立たない。課題を解決するのがビジネスだから

本当は、誰かが困っているからビジネスを立ち上げるっていう順番なんだけど、決算書とかマーケティングとかが先に来ると、目の前の人を見ずにビジネスを考えてしまう。今のような経済規模を追い続けるには、そうやって経済を回すしかないんです。

経営者になった方がいい、矛盾から逃げられないから

田中:目の前の人を見続けてきた結果、うちの会計事務所は何をやってるのかわからないってよく言われます。でも、税理士の仕事はここまでですっていう線引きが必要だとも思っていなくて。

大室:それでいいじゃん。整理してしまえば楽だけどね。経営者は矛盾から逃げるわけにいかないから、新しい自分に出会い続けられる。その方が楽しいよ。だから、子どものうちから小さな矛盾に出会って、矛盾を抱えることに慣れていくといい。大人になってからいきなり大きな矛盾を突きつけられると、しんどくて逃げたくなるし。そういう教育ができたら、起業がめちゃくちゃ増えると思うよ。

田中:経営者の壁打ち相手をよくするんですけど、堂々巡りでなかなか前に進めない人もいるじゃないですか。そういう時はどうサポートしたらいいですかね。

大室:キャンプがいいんじゃないですか。自然は矛盾だらけだし、徹底して開かれているから。とにかく自然に没入してみると、その間は自我から離れられる。昔から企業が掃除とかボランティア活動とかするじゃない。あれは何なんだろうって考えてたんだけど、社会のためじゃなくて、それをする人が自我を外すために必要な時間なのかもしれない。座禅とかもそうだよね。

僕も、人のためになることはなるべくやろうって、自分に課していて。お金をこっちが払ってでも、学生とご飯食べるとか。徹底して自我を外すことが大事です。うん、そうだな。今、話しながら、だいぶ掴めてきた。

田中:いいですね、キャンプ。いやー、いっぱい話したらお腹すきましたね。餃子でも食べにいきましょう。

対談はこれにて終了です。大室さんをご存知の方も、初めての方も、楽しんでいただけたでしょうか。

読んだ方がどんな風に受け止めてくださるのか、「友だちから見た田中会計」シリーズの中でも最も想像がつかない記事となりました。

「意味がわからない」
「この部分に共感した」
「自我って何?」

などなど、ざっくばらんに感想を聞かせていただけたら嬉しいです。ここまで読んでいただいた皆さん、そしてはるばる東京から来てくれた大室さん、ありがとうございました!

協力:大室 悦賀 さん
参考:株式会社でかいうつわSOU-MU NIGHT
文・写真:柴田 明

2023.02.13